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ちょっと言わせてくれ

思ったことを思ったように。思っていないこともまるで思っているかのように。

頑張れと言ってはいけない範囲は拡大している

どうでも良い話

※私傷付きやすいんです系の人は読むな推奨記事。
 今すぐそっ閉じ()してくださいね。

 

いつからか標準になりつつある頑張れと言ってはいけない風潮。

あれってうつ病の人に対してじゃなかったっけ。

なに、これ普通に言っちゃダメな言葉になっていってない?
今話題のハラスメントになっちゃう感じでしょうか。
修造だけがあの言葉の免罪符持ってる気がする。

 

言いてぇなぁ。もっと頑張れよ!って。


頑張るしかない場面もあると思うんだよな。
誰のせいでもなく、誰にも八つ当たりできず、誰にも助けを求められず、やるしかないって時。
マンガみたいにタイミングよく救世主が現れることはほとんどない。


こんなクソブログですら誰かが見ていて、勝手に同意したり勝手に傷付いていくから気にしないといけないんやな。
みんなで作りますか。誰もが誰もを傷付けない配慮を完全に行えるインターネッツの世界を。某アジア諸国みたいに政府が言論を禁止して監視すればできますよ。


傷付くってのは痛いところを付かれるからだよな。
世の中の誰もが自分の傷付くことを言わない世界が良いもんな。
自分と違う考えのものは見たくないもんな。

なのに、そういう記事を開いちゃうんだよな。
アンタが悪いんじゃない。テクノロジーがいけないんだよ。インターネッツが悪いんだよ。インターネッツは見たい情報に紛れてみたくもない情報が紛れてくる。

 

テレビのニュースで、3歳児の孫をおじいちゃんが自宅内の駐車場で不注意で誤って・・・、ってニュースを見たとき、同じ年代の親と子を持つ俺は、そこに登場する人物全員の気持ちが理解できて絶句した。

あのニュースってある意味強制的に見せられたんだよな。
あれ見て、負の感情しか出てこなくて、楽しい夕飯の時間だったのに想像しちゃって嫁となぜか半泣きになってたわ。

こんな通信テクノロジーがなきゃ見なくて済んだんだよ。でも今は情報が入ってくる。ましてやインターネットは楽しいふりしておびき寄せてだまし討ちもできちゃう。

 

前記事でも書いたけど、スルースキルを身に付けろ。
これは自分には関係ない。コイツ頭おかしいわ。何言ってんだ。と思えるように。

ここでは言うよ。頑張れるなら頑張れと。頑張るしかないだろうと。

おっさんよスルースキルを抱け

どうでも良い話

FBでおっさんが投稿してた。

 

「迷惑メールが来たから晒すわ」

(迷惑メール画像キャプ公開)

 

そこにのっかるおっさんB

「100万もくれるんならみんなでおごってもらおうかねぇ!わっはっは」

 

気を良くしたおっさんA

「返信してみたらこんなん来たわー。これテンプレートだなきっと(俺の分析力ドヤァァ」

 

お、おぉ・・・おっふ。。。

大丈夫だ。それがテンプレートなのは100年くらい前から知ってるけども、そこにはあまり触れず、さすがの分析力ぅぅぅ!!って感じの空気感を出しておくことにした。

 

 

 

FBの本当の楽しみ方

 

迷惑メールに返信するオレって益荒男ォ!みたいな感じで、50代前後の人達がやり取りしている姿ってとても香ばしいと思うし、最近FBのホントの楽しみ方ってこれなんじゃねぇの?みたいな境地に到達しつつあります。

 

返信した時点で

「はーいこのアドレス生きてますー。生きてるアドレスリストに追加ー」

というオートメーションテクノロジーによって大量SPAM確定フラグだと思うんだけどもそんなことは多分関係ないんだよ。そこじゃねぇんだと思うんだよ益荒男の男気は。

 

1度のっかったおっさんBがその後のコメントにはもうのっからず、いいねを押すのみで鮮やかに旋回離脱した引き際の良さにはたいそう感心したけれども、もっと香ばしい感じのスルースキルゼロ祭りを俯瞰して見ていたかった私の期待はいとも簡単に裏切られてしまった。

 

こうやって見てると近年スマホを手にしSNSという飛び道具を手にしたおっさんという生きものはかくも可愛いものなのかと思えてきますし、このような気持ちを持って今後も生きていけば、誰もを愛せるような気がします。

 

でも最終的に到達するのは、こういうスルースキルのない人達をスルーするスキルが俺にはないなという自虐的な着地に無事至ることができましたので今日はこのまま更新を終えたいと思います。

 

さて仕事するか。

仮面ライダードライブがOKだと言うのなら

どうでも良い話

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仮面ライダーがドライブするという、まぁ文法的にダメというわけじゃないけどもおかしいやろと言われそうなネーミングセンスだけれども、恐らくこういう巷の反響があることをあらかじめ見越したネーミングだと思うので、「おかしいやろ!」と突っ込んでしまうのは、「きたきた」という制作サイドのドヤ顔を誘発しそうなのでやめにしておきまして、この強気のネーミング理論に乗っかって楽しむ方向でまいりたい所存です。

 

辛口コメンテーター サイレント

喋るのかよ喋らねーのかどっちだよ

 

必勝フードファイター ドリンク

いや食えよ

 

ビッグダディ 身長157cm

意外に小さかった

 

野菜ソムリエ ハングリー 

肉食と見せかけて草食系

 

クールティーチャー 修造

名前があたえる体感温度たるや

 

人命救急ドクター 反町隆史

そいつ多分毒持ってます

 

紅の赤い 松崎しげる

絶対黒が勝っちゃう

 

一寸法師 ※主演:和田アキ子

タイトルだけでチケット完売すると思う

 

 

 

最後訳が分からない方向になってすみません。大喜利みたいな気分になってた。 

あ、良く考えたら「元祖天才バカボン」はこれですね。赤塚~。やるな赤塚~。赤塚は前からやる奴だと思ってたんですよ。

 

意外とこのネーミングは売れる法則だったりして。

どなたか上記タイトルをご自由にお使いいただき、ぜひとも売れっ子になっていただきた所存です。

ジムを滅したい思いが溢れる

どうでも良い話

いやぁ。ほんっとさー、ジムが苦手。

 

もうあんなものこの世からなくなってしまえばいいのに


スポーツジムとかガンダムのジムじゃなくて


事務が苦手(;´;ω;`;)

 

スイトーチョーとかさー、カンリダイチョーとかさー、いろいろあってさー、


土曜は17:50が退社時間なのに20:30までかかっちゃうしさー(;´;ω;`;)


ほんっとオレから事務をなくしてくれれば、もうすんごいスキルあげちゃうよ?マジで。


でもね、社会人はそういうわけにもいかず、オールマイティが求められるわけですよね。


オレなんてさー、RPGとかの最初に


「能力を振り分けて下さい」


とか言われて、数値を10もらったら

体力  1
攻撃力 9
守備力 0
賢さ  0
すばやさ0


みたいな割り振りしちゃうから


「え?体力?いらねーです。敵全員一撃で倒したほうがカッコいいじゃないすか」


みたいな

 

【レベルアップしました!数値を振り分けて下さい。】
[数値のこり 5]

体力  1
攻撃力 9 ← 5
守備力 0
賢さ  0
すばやさ0


みたいな

 


これってロマンじゃないっすか。いや、それはアホか

 

 

ほんと


体力  2
攻撃力 2
守備力 2
賢さ  2
すばやさ2


なんて割り振れる人は大人ですよ。マジで(;´;ω;`;)

なんだその企画書は

おいおい。勘弁してくれよ。

 

お前また企画書パワポで作ってきたのかよ。

 

MSゴシック太くしてんじゃないよバカヤロウ。
え?フォント36ptにしましたよって?なんだよ。それ早く言ってくれよ!そりゃ最高だな!ってバカヤロウ。

 

クリップアートのWEB検索から画像引っ張ってくんじゃないよ。なんだよその変な顔のキャラクターは。この企画書見てる俺ちょうどそんな顔してるよ。お前はなんだ、ハイレベルの予知能力者かw

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書いてる内容は、まぁベストじゃないけどもベターではあるよ。的を外しちゃいない。でも企画書の見栄えで台無し。

分かるよ言いたいことは。大事なのは内容でしょ?見栄えじゃないでしょ?って言いたいんだろ?まぁ分からんでもないよ。確かに中身は大事だ。
見栄え整える時間があったら中身を良くしたいって言うもんな。大体。

 

でも残念ながら、「見栄えなんてそれほど大事じゃない」と考えてる時点で客観性を失ってるよ。それはお前の思想であってクライアントやエンドユーザーの思想じゃないかも知れないだろ。合理性求めてるやつばっかりじゃないんだよ。むしろエンドユーザーなんて演出に弱い人間の方が圧倒的に多いんだから。

 

デザインには、企画書を開かせる前の時点で「お、なんか気合入ってるっぽいな」という気持ちにさせる可能性もあるんだぜ。絶対とは言わんけど。

その上で、今の中身を保てれば最高じゃないか。

 

仮にもデザイン業界の片隅で仕事やってんだからさ、「デザイン」もう少し努力しようず。企画書作りでパワポ立ち上げるのやめてくれ。

そんなレベルですすんじゃうもんだから納品後も「これ制作実績に載せる?」みたいは変な葛藤が起きるんだよw

 

健康志向のレストランで、人参とピーマンが体に良いからってぶつ切りメニューに載せて見せる店ねぇよ。(調べたりしてないけども)

「わー、食べてみたい」って思わせなきゃダメだろ。

「わー、体に良さそう」なんてのは大前提であって、「栄養あればいいんじゃないですか?」って言うシェフいたらぶん殴りたくなるだろ。

 

あ、はい。私栄養取りたいだけですからこういう野菜ぶつ切りで良いです。って客は結果しか求めないからそもそもうちの客じゃねえよ。そういう客いても良いけど、そういうのはそういうのが得意なあの会社にブン投げちまえよ。
10万円くらいでWPテンプレガッコン!ってやってもらえるよ。
客は選ぶんだ。オールマイティ対応してたって上には上がれないんだよ。

顧客にこびた仕事なんて、結果はお金しかないよ。自分たちのストロングポイントで仕事したらお金以外の結果を得られるよ。そうやって働いてかないと浪漫がないよ。

 

こだわって働かなきゃ。

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Facebookは甘ちゃんを製造する

Facebookは皆さんご存知の通り、リア充の巣窟だ。
もちろん非リアもいる。
でもFacebook見てるくらいの非リアは真非リアにあらず。

「チッ!クソリア充どもが!」

と言いながらも、Facebookを退会しないんだから。
本当は世間の流れを見れなくなるのをどこか恐れてたりしてね。

 

いや、違う。そんなことを書こうと思ったんじゃないんだ。

 

Facebookは基本的に承認欲求の塊である

これには誰も異論ないやろ。

逆に承認欲求以外の何があるんだくらいの勢いである。

忘備録のため→mixiでやれ

 

確かにFacebookは承認欲求を満たす。
例え心の底では

「うるせぇよ、お前の休日の過ごし方なんてどうでもいいよクソが」

とか

「お前どんだけ自信あってドアップ自我撮り連投しとんねん。ハゲが」

と思ってる人が押した馴れ合いのいいねだとしても
そんな1つ1つのいいねに含まれたドロドロしたものは、

"258人がいいねと言っています。"

という数字に押し流されて、本人は受け入れられた感で満たされる。

 

「どやぁぁぁ!!この数字がすべてじゃぁぁぁ!ドヤァァァ」

 

みたいな。ヤバス。激ヤバスである。

 

これの何がまずいのか

承認欲求が満たされやすいことを体感した人は、
その後も同じかそれ以上の承認欲求を満たされないと気が済まなくなる。

「あれ?今回のは反応が悪かったな。なんでだろ。」

みたいな。

 

1投稿ごとに褒められないと気が済まなくなる。

FBのいいね押す人達なんて、小さな地区の小さなコミュニティだからね。世論じゃないよ多分それ。そのコミュニティにそこそこの影響力ある奴いたらそいつにほとんど引っ張られてるからね。平衡感覚なくなるよマジで。

これ実は団塊の世代ならまだ良いのだ。ウザいけどカワイイじゃないか。
年甲斐もなくウハウハとチヤホヤされたくて頑張って投稿するジジババ。
2周半回ってカワイイよ。たとえハゲのドアップだとしても。

 

ところが若者とか危険ね。

よくこういうやつがいる。

「僕褒められて伸びるタイプなんですよ」

見たことね──よ。褒められただけで綺麗華麗に美しく伸びていったやつ。
何か仕事するごとに毎回褒められる奴なんて傲慢になってロクな人間にならない。

人間折られて堪えて乗り越えてナンボでしょう。

Facebookで投稿するごとにいいねされることに慣れてしまうと、
ちょっとしたことでも褒められないと不安になってしまうような、
承認欲求依存人間になってしまうよ。

 

仕事でも、

「え、上司が褒めてくれなかったけどオレ間違ってるのかな」

なんて考える様になりかねない。

「上司はちっともわかってない。俺は間違ってない。」
みたいな根拠のない変な自信ついちゃいかねない。


褒められなくても、自分でやるべきことを見定めてそこに向かって進む人間が良い。

 

ホント・・・。気を付けなはr(ry

ムキになりすぎる熊本人の血

こないだ俺の故郷熊本がこんな動画をアップしてた。

 

 

熊本人以外にはくまモン以外は誰一人出演者わからないだろうが、かなりの力の入れようである。(中には誰やねんお前みたいなのもいるけど)

 

市電、行政、テレビ局、地元アナウンサー、地元タレント、芸人、地場大手企業経営者、地元有名人など、熊本人なら

「おぉ、なんかすげぇ気合入れて集めたな。」

と感じざるを得ない感じだ。

 

 

地元だから褒めてるわけじゃない。むしろお尻あたりがムズムズする。

先に断わっておくが、私はもう熊本を離れて久しいし、時々里帰りこそするが、そういったなぁなぁでサブく褒めたりしない。

こういう各県のHAPPY動画を見てつくづく思うのだ。

ただ真似して何が面白いの?と。

せっかく労力使って出すならもっと個性出してけばいいのに。って。

 

 

 

でもこの熊本verは少しだけ良かったよ。少しだけね。

 

ほほうこれは県民性出ましたなぁ。と。

 

 

恋チュン然り、HAPPY然り、各企業や行政がこぞって参加するものの、ただひたすらに後出しで笑顔で踊るだけのものが増えていく。恋チュンなんかは美人のレベルが高いと高評価が多かった気がする。みんな正直すぎるわw

 

今回この熊本verは少しだけ面白かった。断じて映像や演出ではないけどね。

 

「本気度」は感じられました。

 

キャストがちょっとしたノリで集められるキャストではないのは認めざるを得ない。(熊本の人以外にはわからんだろうけど)

上述した通り、出演者を募った人間はかなり熊本のキーマンを捕まえてるんじゃないかと言う気がする。予算がどれくらい使ってあるかは知らないが。。でもどうだろ、こういうのって有志でやるもんだよな。でも有志でタレントは出ないかな。

とにかく、そのくらい、熊本内では全力に近いキャストを出したな。と言う感じだ。

だから私は思った。

 

 

ムキになりすぎwww と。

 

 

このムキになるところがまさに熊本の県民性なのだ。

 

熊本人は大体すぐムキになるのだ。負けず嫌いの度合いが半端ない。

ちょっと大人になって折れるということを知らないw

負けるが勝ちをできる人間がほとんどいない。

子供かw

 

 

今回はこの県民性まる出しのムキになった感がほほえましかった。
いつもはこういうお祭り乗っかり系の動画はほとんど「ハイハイ」って斜に構えてみてるんだけど、大人げない県民性が垣間見えてなんだかほっこりしたよ。

 

残念な点

残念なのは、キャスト揃えにこれだけ力を入れたんだから、もちょっとなんか演出ひねったがよかったんじゃないの?熊本の人が見たら出演者だけ見てスゲーな。て思うかもしれんけど、他県の人が見たら誰も知らないからほとんど他県のと印象変わらんやろ。あー、はい。ここも楽しそうでいいですねぇ。って感じ。正直これ見て熊本行きたくなったわ―って人いたら教えてください。

そして恐る恐るyoutubeコメントを見ると、予想通り熊本在住の人と思われる方々の郷土愛あふれるコメントで埋め尽くされている。わぁわぁ。予想通り。これ多分批判コメ入れるとムキになる熊本人に一網打尽に返信喰らって「ぼてくりこかすぞクラァ!!お前ドコ中やぁぁ!!」って言われる気がして今少し失禁してます。

でもホントさ地元で盛り上がって、「やった!やってやったよ俺たち!」くらいの着地でしょうか。他県の人はまさに平常心で見てると思いますけどね。

 俺たちが楽しけりゃいいって自己マンオナニーでやりたいんだったら、あんまりうって出ない方がいいですね。日本に熊本をPRしたいんならもうちょっと何か見せてよ。知らないショップの人がヘイヘイしてても・・・ねぇ。(見ててこっちが照れる人も少しおるwこれはどの県の見てもほとんどそうだけど)

 

いやいや、違うんよ。文句言いたいんじゃなくてさ、エールなわけですよ。もっとできたんじゃないの?って言うさ。バカやるんだったらもう一段階突き抜けてよ。

ってこういうこと言っちゃうとまた

「制作の苦労も知らんで好き放題良いがやってぬしゃクルァ!!お前どこ中やぁぁ!!おれ○○さん知っとっとぞぉぉぉ!!」

とか言われるんだろうと容易に想像できて、今少し脱糞しています。

 

表現が難しいけど、バカって嫌いじゃないぜ!ってことです。え、フォローになってない?そんなムキにならないならない。熊本人って言われますよ。